1月8日(火)、秋田県庁記者会見室において、熊林親吾選手の入団記者会見を行いました。
入団記者会見の内容をレポートします。

熊林親吾選手入団記者会見

岩瀬浩介取締役社長

明けましておめでとうございます。本日は年始のお忙しい中お集まり頂きありがとうございます。

本日お集まりいただきましたのは、昨年末にJリーグ準加盟申請が受理され、これからJリーグの理事が秋田に来てクラブ等へのヒアリングが行われ、承認に向けた動きが出て来る中、チームとしてJリーグに上がるための1年目として、やはりチーム強化に取り組んでいかなくてはならないと12月の記者会見で皆様にお話しさせていただきました。

そういった中で、チームの強化における中心選手として、秋田県出身選手でJリーグで340試合の出場記録や、J2アシストランキングトップなどの功績を残した「熊林親吾」を獲得したことを発表させていただきます。

獲得した理由といたしましては、昨年と一昨年の低迷と今後のJリーグ昇格に向けたステップアップするために、チームの中心としてJリーグでの高い経験と実績を持つ選手が必要と感じ、また、入場者数等が伸び悩んでいる現状を打破すべく、チームの目玉となり、そして県内出身選手を招聘したいと考え、熊林選手の獲得に至りました。

彼には今後チームの中心選手として、これまでJリーグで13年間プレーしたきた経験を生かし、勝利にこだわるプロの厳しさや、サポーター・ファンとの更なる一体感などを作りだしてくれるよう期待しています。

J2からのオファーも受けていた中、ブラウブリッツ秋田がJリーグに向けた1年目をスタートする中で秋田に帰ってきてくれたというのは、秋田にとっても大きな事だと思っております。
他のJクラブを断り、ブラウブリッツ秋田を選んでくれたという事は、ある意味私にとってもいいプレッシャーになり身が引き締まる思いです。そういった熊林選手自身の思いというのを、皆様にもご理解いただきたいと思っています。

熊林親吾選手

初めまして、熊林親吾です。
13年間プロ生活をしてきて、今年もプロの選手か指導者の道というのを考えていました。その中でも後者に心は向いていたのですけれども、11月の初めに岩瀬社長から声を掛けていただきました。個人的には秋田に帰ってきたつもりはございません。このチームを選んだと、そういう気持ちしかありません。それがたまたま秋田県出身で地元のチームであったということです。このチームを選んだという事、そしてこのチームにすべてを捧げるつもりでいます。その点、どうかメディアの皆さんも協力をしてほしいと思っています。

僕自身の気持ちとしては、子ども達のために秋田にJリーグをつくりたい、それが一番です。
秋田県のチームをJリーグに昇格させたい、そのためにこのチームを選びました。それが一番です。

だからこそ、会社と選手と、そしていろいろな所でスポンサーやメディアの皆さんにいろいろな場面で力をいただいて、どうにかJリーグのチームをつくりたい、ましてやJ2のチームをつくる訳ではなくJ1で戦える、そして戦い抜いて優勝争いができる、子ども達みんなが夢を持てるチームをつくりたい、そのためにこのチームを選びました。

これから、個人的にはいろいろ無茶な事もすると思いますし、全ては、サッカー選手なのでグラウンドの上でパフォーマンスを見せる事だと思いますが、それ以外も、Jリーグのチームができるためならばスポンサーの皆さんやメディアの皆さんの力をお借りしていろいろな活動をしていきたいと思っておりますので、ぜひ何かあればすぐに教えてほしい、言ってほしいと思っています。選手としてもそうですし、本当に「何か」をしたいと思っていますので、ぜひご協力をして頂ければと思います。

質疑応答

ブラウブリッツ秋田というチームに頂いていた印象は?

社長の熱意ですね。
サッカーができる環境ならば、J1、J2、JFL、地域リーグ、そこに関しては何もないと思っています。逆に言えば、情熱をもってサッカーができる所を選びたいと思っていました。

例えば、J1であっても選手が楽しそうでなければ意味はないですし、今のJ2の現状は勝つ事だけが目的のチームが増えてきていて、そこには、個人的には情熱を感じなかったところで、やはり指導者の道を考えていました。ですので、岩瀬社長の熱意、そこの男気一本だけで決めた気持ちはあります。その結果として、たまたま秋田に帰るんだということだけなので。

ただ、東北の震災から子ども達の笑顔が減って、そのために何かできるのかということを考えると、秋田にJリーグのチームがあれば、東北の子ども達にとってプロを目指せるチームが増やせるという単純な思いもありますし、やはり秋田県のサッカーが最近寂しいと個人的には思っているところもありますので、そういった所から変えたいとも思っています。
やはり、秋田はサッカーで盛り上げていきたいなと思っていますし、それを少しずつ少しずつ努力したいなと思っています。

JFLというカテゴリは初めてだが、Jリーグでの経験をどのように伝えていきたいと考えているのか?

そこは一番難しい所で、僕は日本代表でもありませんし、海外に行っているわけでもありません。どのように見せていくのかということについては、今まで通りサッカーを一生懸命、そして楽しくやるということによって皆さんがどう感じるかが、僕の今までの13年間でした。僕の特徴についても人によって違うところをおっしゃいますので、僕にとってもいろんなことを感じてもらえればと思っていますし、そこで何かが足りなければそういうプレーもできるように練習をします。

ただ、見ている方が面白いと感じなければ何も意味はないと思っています。
そこに関しては会社も同じ考えを持っていますので、見ている人を喜ばれるプレーをする、それが一番の信念です。

熊林選手自身が考える自分の特徴は?

13年間言い続けてきた事になりますが、知らなければ足を運んでほしいと思っています。足を運ばずに「僕はこういうプレー」ですという事は簡単な事です。知らないのでしたらまずは興味を持っていただけるように頑張って、特徴というのは見ていただいて。「あの選手はああだね」そして違う方が「あの選手はああだよ」そうやって見ていただいて会話をしていただきたいと思っています。

ですので、自分の特徴というのはこの場では言いませんが、本田圭佑選手のように派手なプレーはしませんので。遠藤保仁選手のように堅実に、ただチームの一員だけれども、あの選手がいたからこそあのプレーはできたね、そう言われるようなプレーをしたいと思います。

ブラウブリッツ秋田の他の選手に対して、どういった事を模範としてほしいと考えているか?

【岩瀬】これまでの経験という部分、そしてプロとしての厳しさというところです。
13年間プロとしてJリーグに在籍していたということは、私自身もJFLという舞台でプロとしていましたが、30歳を超えてJの舞台で活躍をしているという選手は、私自身も崇拝するような方ばかりだと思っています。
13年間、いろいろなチームを渡り歩いてきた中で、まだまだ発展途上のクラブも見てきていると思いますので、良いチーム、悪いチームを見てきているなかでの経験を、肌で感じてほしいと思っています。
現在在籍している選手も、トップレベルのプロ魂を感じてほしいとと思っています。

プロになるためには何が必要だと思っているか?

個人の考えだとは思いますので、食生活に関してしっかりしている人もいれば、サッカーをしていればいいと思っている人もいます。ただ、プロとして何かというのは、お客様を楽しませるということ、サッカーを好きだということ、目標が高いこと、いろいろな事があります。その中で、僕自身これからいろいろな選手にプロとして教えられることができることは、グラウンドの上で単純にサッカーをして、よりJのプレイヤーに近づけるようにアシストをすることであったりです。

プロとしてというのは選手が勝手に思う事であって、それを思わないのであれば、それはもうプロではないと思っています。プロになりたい、プロであるべきこういう選手になりたい、そう思うのがプロであると思うので、例えば小学生がそれを思って「俺はプロだ」と、それを言う子どもはいないかと思いますが、でもそう思わなければプロにはなれないと思っています。

プロはすごい厳しいことではありませんし、逆に言うと、ただ単純にサッカーが好きで、それを本当に一生懸命やっていることがプロだと思っています。

熊林劇場は、秋田でも期待してもいいか?

メディアの皆さんの力をお借りして、お客様が入るのであれば必ずやりたいと思っています。
逆に僕から言わせていただきますと、お客様が入るために何がしたらいいのかという事は、メディアの皆さんの方がご存知かと思いますので、メディアの皆さんに言っていただければ、選手は会社が許す限りなんでもします。例えば、毎日秋田駅前に並べということでしたら並びますし。ただ、本当にそこまでして僕は秋田県を変えたいと思っていますし、そういう個人的なことだけではなく、お客様が入るのであれば何でもします。ただ、プロとしてサッカー以外の事をしろと言われてもそれはできませんが、サッカーと、人としての気持ち、その2つを見せる事によってお客様に通じるのであれば、メディアの皆さんの力もお借りしないといけないと、そのために頭を下げる事もありますし、衝突する事もあるかと思いますので、そこは話し合っていきたいと思っています。

お客様が入ってくれて、何かやってくれということであればやりますし、そのことによってメディアの皆さんが大きく取り上げてくれるのであればそれはいい事だと思いますので、そこは、選手が入らないからお客様が入らないのですね、ではなく、メディアの皆さんの力を借りてお客様が入ったのであればこうしてくださいと、そういう事を話し合っていければよりいいチームになると思います。
目先の事を考えずに、5年後、10年後、J1で優勝をしたときに、ということまで考えていくと、一方通行ではダメだと考えています。
メディアの皆さんとチームは一緒でなければならないと思っていますので、いい案がありましたらお伝えいただければと思います。

社長のオファーというのは、具体的にどういった言葉に心が動いたのか?

あまり詳しく言うともったいないので言いたくはないのですが、単純に来てほしいと。その感情は、話した人と聞いた人にしか分からないのでそこを詳しく説明はできないのですが、その気持ち一本に尽きます。

話したときに、社長の熱意というのは本当に純粋に感じましたし、ましてやいろいろな方に聞いて、秋田の状態が厳しいということも分かっています。個人的にはいろいろなオファーをもらった中で選ぶものですから、やはり人間的にどういう人なのか、そういう人について行こうと僕は今感じているので、そういう意味で言うのであれば、この人です、ということですね。それ以上の何物でもないなと。

もし社長が辞めるというのであれば、僕も辞めます、それぐらいの気持ちという事ですね。

心を決めたのはいつか?

いろいろ迷惑を決めてだいぶ遅かったのですが、そんな中でも変わらず対応をしてくれたということもありますし、プロの選手としていろいろなチームの話を聞いた上で、このチームをしっかり選んだという事です。
決断を下したのは、12月初めぐらいです。

何チームからオファーがきていたか?

選手としても、指導者としてもあるので何チームかと細かくは言えないのですが、J2と、指導者としてであればJ1もありますし、正直言いますと給与がもっと高い所もありますし。
でもそこは全く関係がないので。お金でサッカーをやっている訳ではありませんので。

ただ、他の選手が活躍するためにはお金も必要ですし、Jリーグに昇格するためにもお金も必要な事ではあるので、ぜひ協力をして頂ければと思います。
僕たちは、ブラウブリッツ秋田で何かを成し遂げようという事ではなくて、秋田県としてどうなるべきか、秋田県のスポーツが盛り上がっていって、バスケも、野球も、サッカーも全部が盛り上がれば、絶対に子ども達が明るくなると思っています。そこを、僕は突きたいな、と思っています。

関東のJチームがある地域の子ども達は本当に明るくて、生き生きしていて、そして厳しい環境におかれているので人としても育つということがあります。正直、東北はまだまだそこには至っていないと思っています。仙台の子ども達がギラギラとしているくらいで、東北の子ども達はギラギラしていない、と。目つきも優しい子ども達ばかりです。そういう子ども達をギラギラさせたいという気持ちがありますので、まずは自分たちがギラギラとしなければ子ども達は分からないと思っています。

岩瀬浩介社長より最後に

最後になりますが、熊林からずっとメディアの皆さんに協力をしていただきたいということを強く訴えていましたが、自分たちだけではJリーグはできません。この秋田県の現状を考えるときに、メディアの皆さんの力というのは、秋田を変える力であるとも思っています。お互いにその力を持っている中で、一緒になって取り組んでいけばものすごいパワーを発揮できるものと思っていますし、発揮しなければならないと思います。何はともあれ、子ども達に対して夢を与えてきたいと思っています。

例えば、今いらっしゃるメディアの皆さんも夢を与える存在だと思います。カメラマン、アナウンサー…そういった方を子ども達が目の前にしたときに、目をキラキラさせると思います。
Jリーグが目の前にあれば、子ども達はもちろん、県民の皆様への効果というのは計り知れないものだと思います。それは、ただただサッカー選手になりたいという狭い世界の話ではありません。
オリンピックが去年開催されましたが、空手をやっている女の子が北嶋選手を見て「私も金メダルを取りたい」と言いましたよね。そういった効果が絶対出てくると思います。
秋田を良くするためにも、皆様と一緒になって取り組んでいきたいと思っています。

私たちは皆さんと一緒に、文化を創り上げたいと思っています。ひとつひとつステップアップしていき、一年一年積み上げていきたいと思っています。一過性のものは一過性で終わります。ぜひ皆様と一緒になって、地域活性化共同プロジェクトという位置づけで、Jリーグに向けた活動を取り組んでいきたいと思います。